江戸時代中期の作家上田秋成の「雨月物語」にすっかりはまっています。学生時代には「古文(古典)」なんて大嫌いだったのに、不思議なことです。いまはその文章の美しい響きに魅了されている自分があります。 そしてそれ以上に衝撃を受けているのは、当時急激に増加しつつあった近世都市生活者としての「知識人」というかインテリゲンチャの姿が描かれていることです。都市文化とは無縁の地方の里で自然を畏怖しその恵みに感謝し、それに従い、自然の一部として自然に沿って生きる人々のなかにそのような人物が突然変異のように現れる悲劇。その「近世の知識人」の危うさ脆弱さ自己欺瞞。 自己の「知識」を後ろ盾とした独断的な世界認識の、その危うさ脆弱さ自己欺瞞はまさに私のものでもあります。その事実を突き付けられて、これまで固く信じてきた自分というもの、自分の価値観が崩壊しそうです。私は「知識人」なんていうたいそうな者とは無縁だけれど、それでも志向性を同じくする者だから。 自らの内的自然にありのままに沿い、自分を取り巻く自然に対しても成すがままに沿い、そのように生きるひとびとの強さたくましさにはとてもかないません。 都市生活者と村落共同体に生きる人々との決定的な違いをこれほど明確に認識できたのは、ひとえに上田秋成の筆力とそれを現代語訳・校注した青木正次氏の力量に負っています。「雨月物語」は怪異譚として(私もそうでしたが)認識しているひとが多いかも知れませんが、実際はまったく異なった作品でした。この作品との出会いに感謝しています。 --- ●ペンション・サンセット ●蓼科高原日記 ☆たてしなラヂオ☆
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