晴れ 気温:最低 11℃/最高 19℃
困った。
写真無しのほうが書きやすいのね、やっぱり。
でも、それだと美しい蓼科を写真で紹介できない。
僕のつたない文章でしか蓼科の感動を伝えることが出来ない。
こんなレベルでは
そもそも伝えることなんか出来ないのかも知れない。
今日も蝉が鳴いている。
ピラタスの丘から蝉が消えたあの数日間はいったい何だったのだろう。
それにしても、こんな風な書き方が僕にはいちばん楽なのだ。
それは、ここにあるのが僕だけの内面世界だから。
心象風景を語ればいいから、とても気持ちが軽いのだ、たぶん。
ウイリアム・ジェームズが言うところの「意識の流れ」を書く
あるいはアンドレ・ブルトンの「自動筆記(オートマティスム)」
映像時代以前のアンティークなスタイル。
写真があるとそういうわけにはいかないでしょ?
どちらが良いということではなくて、基本的スタイルの問題。
文章にしたって、こんなふうに一行開けて綴っていくというのは
これまでには使わなかったスタイルじゃない?
長い間、基本的に三行をひとつの段落として四段落でひとくくり
にして書くというのが僕のスタイルだった。
多分に音楽、とりわけジャズを意識していたのかも知れない。
4小節×4小節=16小節=ワンコーラス
そんな感じ。
それだと写真の入り込む余地があったのだけれどね。
今のスタイルだと、写真を入れ込むのがとても難しい。
レイアウトとしても難しいし、写真と文章のバランスがとりにくい。
表現、なんていう大それたレベルではないけれど、
自分なりに伝えたいことにふさわしい方法論というのは模索している。
心のこもった一枚の写真と、鍛え抜かれたシャープな文章。
そんなことができたらいいのにね。
まだまだ模索中。
そのうち落ち着いてくると思う、たぶん。
それにしても未公開写真がどんどんたまってきている。
晴れ 気温:最低 12℃/最高 20℃
寒暖計の示す気温とはほとんど関係なく
毎日気温が下がっているように感じられます。
それは大気の冷たさとして、大地の冷え込みとして
あるいは森の微妙な変化を感じることによって
知ることとなります。
今朝、蝉たちが忽然(こつぜん)と姿を消しました。
毎朝あんなに賑やかに鳴いていたのに
今朝はまったくその声がしない。
レイチェル・カーソンの「沈黙の春」
その冒頭で描かれる情景のように
すべてが沈黙しています。
いくら耳を澄ましても、耳鳴りしか聞こえない。
ビーナスラインをクルマで蓼科湖方面に下っても
やはり蝉の声がしない。
城の平別荘地、桜ヶ丘別荘地と標高を下げていっても
やはりあの賑やかな蝉の声はなく
たまに、ほんの少しだけ聞くことが出来る程度でした。
標高1400m付近のプール平にいたって
ようやく賑やかな蝉の声が始まりました。
蝉たちが山を下りたのか
山で鳴いていた蝉たちの寿命が尽きてしまったのか。
おそらくは寿命が尽きたのだと思います。
山の上は季節が一足早いのですね。
それにしても
クルマの窓とサンルーフを全開にして走ると「寒い」ほどで
じつに気持ちのいいお天気でした。
これはやみつきになります。
残暑がまったくない蓼科ならではの季節感かも知れません。
風の感触が変わりました。
さらさらと心地よく乾燥していながら
しっとりとした冷たさがあります。
風の音が変わりました。
かすかな葉擦れの音をさせて吹き抜けていたのが
さわさわという秋の音に変わりました。
それは海の波の音にも似ています。
森が深いので気づきにくいのですが
ここはいつも風が吹いている土地なのです。
森の切れ目を通過するとき
それを知らされて驚くことしばし。
そんなことで
この季節のドライブはオープンエアーを心がけることをおすすめします。
バイク乗りが感じているようなあの悦楽をドライバーもパッセンジャーも
きっと感じることが出来ることと思います。
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