雨 気温:最低 6℃/最高 12℃
いきなり紅葉になるわけではない。
いきなり木の葉全体が赤くなるわけではない。
いきなりその樹木全体が朱に染まるわけではない。
宇宙を満たすエーテルのようにそれは森に染みこんでいくのだ。
それは吹き下ろす風のように山から里へと駆け抜けるのだ。
ぼやぼやしていると、あっという間に紅葉は通り過ぎて
目の前には冬ざれた森が凛とたたずんでいる。
紅葉はつかの間の夢。
いつもそこにあって、われわれを待っているわけではない。
★★★
日が傾いたと思うほどなく薄明があたりを支配する。子供たちは森を抜け家路を急ぐ。追い立てるようにかしましく鳴いていたヒグラシもいまは沈黙している。闇の使者のようなカラスが最期の警告を発して遠くへ飛び去っていく。
季節は盛夏を過ぎて初秋へと彩りを変化させつつあった。そのことは森の色やたたずまいそして香りに明瞭に現れていた。日が落ちると吹く風は驚くほど冷たかった。そういえばあれほど猛威をふるっていたヤブ蚊がほとんどいなくなっている。
闇の中から巨大な手が伸びてきて僕らをひとつかみにして虜にしてしまいそうだ。いまや森はわけのわからない多様な音に満ちている。林道の砂利を踏みしめる運動靴の音がやけに大きく聞こえる。汗とほこりにまみれたからだが疲労にきしんでいる。泥のような眠気がふっとよぎる。
眼前を狐が走り抜け、遠くで野生の鹿の叫び声がする。きゅーん、きゅーんというその声はもの悲しげだ。闇は質量を持った粒子のように僕らを取り囲み、あらゆる光を奪い去る。仲間のひとりが持ってきた懐中電灯の弱々しい光だけがかろうじて進路を照らし出す。
子供たちは帰り着くことができるのだろうか。
そうだ、これは夢なのだ。大人になった僕が子供時代の自分を見守っている。それでもなお、僕はそこにいる。深い森の果てしない闇の中に。
これは何かのメタファーなのだろうか。泥のような眠りから覚醒に向かう途上でそんなことを思う。外はまだ漆黒の闇。その闇の向こうから野生の鹿のきゅーんとという遠吠えが聞こえる。野生の中での暮らしとはこのようなものだ。
おそらく未明から降り始めた雨が終日降り続いた。ピラタスの丘はすっぽりと雨雲の中に入って、上空から吹き下ろす雲の粒子で濃霧のようになっている。懐中電灯で闇の空間を照らすと、一条の光の中にその粒子がくっきりと映し出される。それは荒波のようにものすごい速さで移動している。
この連休の初日と今日とでは森の色がまったく違っていることに今朝気づいた。はっきりと黄色く変わっているのだ。すでに三分の一ほど落葉をすませた樹木もある。森はずいぶん見通しが良くなってきている。
この分だと今週末(10/13)頃にはペンション・サンセットの周辺も紅葉真っ盛りになりそうだ。再来週(10/20)にはすっかり落葉がすんでもっと標高の低いところに「紅葉の帯」は移動しているかも知れない。
今日ご出発のお客様の多くが「こういう天気もなかなかいいものですね」とおっしゃっていたのが印象的だった。確かに墨絵のような印象的で美しい朝だったのだ。自分のペンションのラウンジの窓から見るこの風景は、じつは僕にとっても宝のようなものなのだ。
※写真をクリックすると拡大してご覧いただけます。(昨日の紅葉)
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